ロビーのソファに使われている ARMANI CASA のトンボ柄ファブリックをきっかけに、ここで改めて Giorgio Armani(ジョルジオ・アルマーニ) 氏の業績とその人柄についてご紹介します。
【ブランドとアルマーニ氏の歩み】
Giorgio Armani 氏は 1934年、イタリア北部ピアチェンツァに生まれ、1975年に自身のファッションハウス「Giorgio Armani s.p.A.」を設立しました。
ミニマルで洗練されたシルエット。構造をできるだけ省いたジャケットやスーツは、1970〜80年代に “アンストラクチャード(非構築的)なジャケット” として業界に新鮮な衝撃を与えました。
また、アルマーニのスタイルは「力強さと優雅さの両立」と言われ、男らしさ・女らしさの形式にとらわれない、自由で上品なフォーマルウェア・レッドカーペットドレスなどで広く支持されました。
【業界・文化に与えた偉大なエピソード】
ハリウッド映画との関わりも深く、たとえば映画『アメリカン・ジゴロ (American Gigolo)』などで、Richard Gere が着用したことで「映画とファッションのクロスオーバー」にも大きな影響を与えました。
1970〜80年代において、イタリアのプレタポルテ(既製服)を世界的ファッションシーンの中心に引き上げる立役者となりました。イタリアブランドの国際的地位に貢献。
また、企業経営者としての彼はブランドのコントロールを強く持ち続け、品質・イメージ維持に妥協しない姿勢で知られていました。独立したブランド運営を一貫して守ってきたことも、業界内で特別な評価を受けています。
【日本との関わりと親和性】
Armani 氏自身、日本の美意識に強い関心を持っていました。浮世絵のような「余白」や伝統とモダンの融合、静かで落ち着いた空間(家具・照明・陶磁器など)に惹かれていたことが、彼のコレクションや住空間デザインにも反映されています。
「Hommage au Japon(日本へのオマージュ)」という全日本をテーマにしたクチュールコレクションを発表したこともあり、彼の日本への敬意と影響が明確です。
また、都市として東京を愛していたというエピソードも残っています。彼は東京を訪れた際のお気に入りの場所や建築、デザインの感性について語っており、日本の「歴史とモダンの調和」に美を見いだしていました。
【最近の逝去と遺されたもの】
Giorgio Armani 氏は 2025年9月4日、91歳で逝去されました。
最晩年までブランド創設50周年記念の企画準備など、多くのプロジェクトに関わっており、引退をしたわけではありませんでした。
追悼の場として、ミラノの本社近くにある “Armani/Teatro” にて遺族や関係者らが集い、一般からの弔問も受け付けられる公の場が設けられたこと、そして彼の希望により葬儀は家族と近親者のみの私的な式で行われました。
【東京バースクリニックのロビーのソファに込められた意味】
この ARMANI CASA のトンボ柄ファブリックを選んだことは、アルマーニ氏の「上質で静かな存在感」「日本文化への敬意」「変わらぬエレガンスと細部へのこだわり」という想いと重なります。トンボは日本で「勝ち虫」とされ、前にしか進まない=未来に向かって進む象徴です。アルマーニ氏が築いたブランドと精神を、小さな模様にも感じていただければ幸いです。